医大生 の blog

医学部のこと。読んだ本について書きます。

ヒトはなぜ人生の3分の1も眠るのか? 3月読んだ本

「睡眠医学の父」と呼べる偉大な研究者、ウィリアム・C・デメントによって2000年に書かれ全米でベストセラーになった一冊だ。少し古いが今読んでも新鮮な内容だった。

 

デメント氏は睡眠研究を立ち上げたクライトマンに師事し、クライトマンと共に「レム睡眠」の発見にも関わった研究者である。さらに彼は閉塞性睡眠時無呼吸症候群の診断基準となるAHIの提唱者でもある。

 

睡眠医学はスタンフォード大学で非常に有名である。スタンフォードの睡眠〜から始まる本がたくさんあることからも伺える。Drデメントはスタンフォード大学に睡眠センターを作った人物でもある。私がこの本を知ったのは、日本人の睡眠研究者として有名な河合真先生がご紹介しておられたからだ。河合先生がスタンフォードで研究がしたい、と米国へ行ったのはこの本がきっかけだったそうだ。

 

1960〜70年代、睡眠と覚醒について基本的な事柄が解明された時代、デメント氏はまさにその場所にいた人物だ。人間の体内時計が1日25時間だという話を聞いたことがあるだろうか。これは初期の測定で発見されたが、実は正しい値ではないものが流布している。人工的な光に晒される環境では体内時計が遅れるため25時間程度になる。

 

しかし真っ暗な環境で実験すると24時間10分くらいになると発見したのがツァイスラーだ。デメントは概日リズムの専門家であるツァイスラーによく相談していた。彼のこの実験により、光が体内時計の調整において大きな役割を果たしていると発見された。光といっても、25時間の測定結果が得られた実験で使用されていたのはデスクランプだ。この程度の弱い光でも十分に体内時計を遅らせる。

 

 

この本は2000年に米国で発売された。現在2021年、当然この時から睡眠研究も進んでいる。私も睡眠研究をしているわけではないので最前線のトピックに詳しくはない。2018年に出たマシューウォーカー著「睡眠こそ最強の解決策である(Why we sleep)」と比べて、この20年で新しく発見されたことに注目すると面白かったので紹介する。

 

 先ほど、デメントはレム睡眠の発見に関わったと書いたが、2000年当時はレム睡眠の役割についてまだはっきりしたことはわかっていなかった。現在レム睡眠は「起きている間の出来事を整理して脳に留めておく」一連の流れに携わっていると考えられている。アルコールとレム睡眠の関係が発見されたものここ20年の話だ。アルコールはレム睡眠を妨害し、記憶の定着を妨げる。アルコール依存症患者の離脱症状で問題となる幻覚は、起きているのにもかかわらず夢を見ている状態だと言われている。脳が削られたレム睡眠を取り戻そうとしているためだ。

 

 

反対に、2000年の時点で発見されていることがいまだに世間一般には知られていない、ということもかなりあるように思った。

 

閉塞性睡眠時無呼吸症候群が代表的だ。閉塞性睡眠時無呼吸症候群とは、睡眠時に喉の筋肉が気道に落ち込むことで呼吸ができず、睡眠の質量ともに著しく低下する疾患だ。

 

医学部に入学するまで「閉塞性睡眠時無呼吸症候群」なんて知らなかった。医学部に入学してもまだ、自分の父親が睡眠時無呼吸だなんて気付きもしなかった。やたらと日中寝てるなぁ、旅行に行くといびきがうるさいなぁ、寝てる途中にいびきが止まることがあるなぁなど。それ全部!睡眠時無呼吸の典型的な症状だ!と今なら言える。しかし身近な人に症状があっても、年がら年中イビキをかいているわけでまさか「病気」だなんて思いもよらない。
身をもって知った睡眠時無呼吸症候群の恐ろしいところだ。

 

著者のウィリアムCデメント先生は睡眠時無呼吸症候群の治療と研究に努めた人物である。「睡眠時無呼吸」の客観的な指標となる「無呼吸低換気指標(AHI)」を提唱した。これは1時間に無呼吸および低呼吸状態におちいる平均の回数を示した指標である。日本呼吸器学会によるとAHI5〜15が軽症、15〜30を中症、30以上を重症としている。

 

閉塞性睡眠時無呼吸症候群の標準治療は、CPAPと呼ばれる呼吸装置を寝ているときにつけることだ。CPAPは気圧よりわずかに高い空気を送り込むことで気道の落ち込みを防ぐ。

 

大学の先輩で閉塞性睡眠時無呼吸症候群だと診断されCPAPをつけた人がいる。その人は「人生が変わった、無限の力が湧いてくる」と言っていた。慢性的な睡眠不足に悩まされている患者にとってはまさに奇跡のような治療である。

 

睡眠医学の黎明期から2000年に至るまでを書いたこの本を読んで、やはり睡眠は面白いと感じた。